#106
#フェアリーワンピースさん視点
さて、頼まれごとをしちゃったから、遂行しなきゃいけないね。何だか探偵になった気分。普通を装って、そっと事情を暴き出すの……かっこいいけど、私にできるかな。
でも、ここで有力な情報を手に入れなきゃ、イレイザーくんの不安を拭うことはできないのは目に見えてる。きっとあんな話がなくても、真面目なイレイザーくんは仕事前に緊張してたと思うけど、今回は不安つきになっちゃったんだもんね……かわいそうといえば、かわいそう。
私は早速、夜ご飯を一緒に食べよう、とフェイカーさんを誘うことにした。
「珍しいね」
フェイカーさんは、一応いいという返事のあと、すぐにそう言った。
「そう……かな?」
「何か用件でもあるの?」
「えっ、世間話っていうか……その……」
顔に出ちゃってるのかなあ。確かに、普段、敢えてこうやってご飯に誘うなんてなくて、偶然一緒になったらお話しするぐらいなのに、誘ったなんて明らかに怪しく見えるかもしれない。
「あの、どうしても今日は誰かと一緒に話しながら食べたい気分とか、そういうの、あるでしょ!」
ますます言い訳がましいかな、って気はするけど、何としてもお話しできる状態に持ち込まなきゃ。
「……」
しばらく無言で私の顔から胸の辺りまでを見つめたあと、フェイカーさんは難しそうな顔を崩した。
「いいよ、そういう気分もあるよね」
「ありがとう!」
何とかなった……。なんとなく後ろめたさがあったとはいえ、私でもちょっと話すのには緊張してしまう。
いつもは偶然食堂で鉢合わせるけれど、約束をしたから、部屋から一緒に向かうことにした。どのメニューを選ぶか、なんていうようなことを話しながら食堂に向かった。
「もっと他に好きなものはあったんじゃない?」
フェイカーさんが今日はあたたかいうどんを食べると言ったから、私もそれにすることにした。
「私もうどん好きだよ」
「ならいっか」
せっかく一緒に食べるんだもん、わざわざ違うものにする必要もないし、とくに決めてなかったし、うどんはおいしいと思うし。
とりあえず席について食べ始めてから、しばらくして、フェイカーさんの方が先に口を開いた。
「それで、世間話って?」
「えっ! あっ、あのあの……」
まだ、どう聞こうとか、全然考えてなくて、私は慌ててしまって、言葉が出てこなかった。
「話したい気分だったんじゃないの?」
俯き気味な顔から、視線は私の方に来る。ちょっと睨まれたような感じになる。
「うん、ごめん……」
そうだよね、うどんなんてすぐ食べ終わっちゃうし、このままじゃ何も話せない。
「撮影のお仕事のこと、なんだけどね」
私が言うと、少しフェイカーさんの眉間が動いた気がした。
「フェイカーさんは、その、レンモジュールの方? と、お仕事したことあったよね……?」
「そうね」
あっさりと返事が返ってくる。あまり触れられたくないとかじゃ……ないよね。
「あなたもあるでしょ?」
「えっ、うん、あるけど……」
「ていうか、私より先だったでしょ」
「そ、そうだね……」
苦笑いしていると、ふとフェイカーさんは何かを考えた。
「その時に何か嫌なことでもあったの?」
「ええっ?」
心配そうな顔で、私を見つめている。
「何もなかったよ! すごく順調だったし」
「そうなの? ならよかったけど」
「私はその、エッジとは元々仲がよかったし。もう一人、イレイザーくんもエッジと仲良いし、すごく誠実な人だったよ」
「ふーん……」
そっか、今のうちに、イレイザーくんにはいい印象をつけておかなきゃ。いい人なのは真実だし、先に変な印象をつけちゃったら本当にかわいそう。
「フェイカーさんは何か、レンモジュールの方とのお仕事で嫌なことはなかったの?」
「……嫌なこと、は、あったわけじゃないけど」
フェイカーさんは少し遠くの方を見た。
「気遣いが空回りっていうやつ……らしい、ね」
「気遣い? ……えっと、確か、執行部さんだったよね」
「そう。全然喋らないのを気にして話しかけようとしてきたんだけどさ。ほら、あの子。トラッドスクール、生徒会執行部のこと好きでしょ。生徒会執行部の方もあの子のこと好きで、でもいつも喋りかけられないって、あなたも聞いたことぐらいあるよね」
「あー、そういえば……」
エッジからも聞いたことはある。片思いしてて話しかけられないから、お菓子作りに没頭しているんだって最初に説明されたから、その印象が強すぎる。
「てっきり、女の子なら誰でも話しかけられないんだと思ってたのよ。そしたら仕事の時に私に話しかけてきて、どういうことなのって思って『鈍感』って言った」
「……へ、へえ」
「だって、ほんとに話しかけてほしいはずのあの子を差し置いて、私なんかに話しかけていいと思う?」
「……う、うーん……」
気持ちは、わからなくもないけど、でも、執行部さんからしたら、びっくりするような話な気も……。私は曖昧にしか返事ができなかった。
「仕事で話さないのも気まずいと思ったらしいの。それが気遣いなのは分かるけど」
「そっか……で、でも、話しかけられたってだけだよね」
「まあね、1回目は正直私も悪かったかもしれない……けど」
けど、と言ったフェイカーさんの顔が急に険しくなった。
「2回目はない、絶対ない」
……何だか妙に顔を赤くしている。
「あーもう、思い出すんじゃなかった……」
小声で言って顔を押さえ始めたから、これ以上フェイカーさんに深く聞かない方がいい気がしてきた。
「何か、それも言わされたとからしいけど。だから悪くないのはわかってるけど。けど」
「ご、ごめん、そんなこと思い出させるつもりじゃなくて……」
「いいの、勝手に私が思い出しただけだし」
傍らに置いていた水を一気に飲んで、フェイカーさんは息を落ち着けた。
「そ、それなら、レンモジュールとの仕事って、嫌になったりした……?」
本当に聞いておきたかったことはこっちなんだよね。そうじゃなければ、いいけど。
「嫌、とは言えないでしょ、仕事だし。でも、あまり馴れ馴れしく話したりはしたくない。そういうのって苦手」
「そっか……」
何となくそういうところある気はしてたけど、馴れ合いが嫌いなのかな……。
「……あっ、言っておくけど、私たち同士なら、いいのよ。仲良く話したりするのは」
「そ、そうなの?」
急にフェイカーさんは付け足した。そして、私の表情をうかがうように見た。
「仲良くしたくないわけじゃないの、皆可愛いし、……でも、あっちとは、そういうの、違うでしょ」
「……それは、レンモジュールとのやり取りはあまりだけど、私達リンモジュールとはもうちょっと仲良くしたい……みたいな?」
「……そうよ」
その通りだと認めながら、目線をそらしている。もしかして、まだまだ私達とは仲良くできている自信がないのかもしれない。一方でレンモジュールの人達に対しては、そんなに仲良くする気はなさそう……。
「ね、フェイカーさん、またご飯は一緒に食べに来ようよ。私ももっと仲良くなりたいし」
「……い、いいの? 私ともっと仲良くなろうなんて」
「何言ってるの? 私達同期でもあるのに、こんなの今更だよ」
「……ありがと」
もともと事情を聞くためだったけど、こうして縁が持てることになって、よかった。
ご飯もすっかり食べ終わってしまったし、私達は食堂を後にした。
部屋に戻る途中、フェイカーさんは何か考えて、それから私をちらっと見た。
「イレイザー、とは、仕事が一緒だったのよね」
「え? うん」
「……何か、話したりは、したの?」
「えっ、まあ、エッジも介してだけど……したよ?」
「今度、私が、そのイレイザーが仕事で一緒だと聞いたけど、……」
こんな話をしていたし、フェイカーさんもイレイザーくんのことを気にし始めたみたい。さすがに、フェイカーさんが気難しいと聞いて、困ってるとは言えない。
「イレイザーくんは、そんなに自分から話そうとする人じゃないよ。謙遜ぎみなところがあるぐらいで、真面目だし、少なくともフェイカーさんが苦手なタイプには思えないよ」
「……そうなの」
「私は、うまく一緒に仕事できると思うよ?」
「……ちょっと不安だったのよね。ありがと、なんとかなるかも」
「うん!」
そう話しているうちに部屋についたから、私達はそれぞれの部屋に入った。
……なかなかうまくいったんじゃない……? フェイカーさんの不安もなんとかなって、イレイザーくんも多分、これなら嫌われたりしないはず。……二人が仲良く話すかどうかはわからないけど、きっと悪い雰囲気にはならないはず。
イレイザーくんには、ちゃんと安心していいって伝えなきゃね。