会話#105+「引金」 - 3/6

#107

#イレイザーさん視点

フェアリーワンピースさんには、フェイカーさんに話を聞いてきてもらうことになった。仕事の時にどんな風に話をするかは、その結果次第になるだろう。もしも僕と話したくないようなら、適度に距離をとらなければならない。もしそうであれば、楽器のことを教えてもらうなんて、もってのほかだろう。
僕は楽器が得意なわけではない。素人に近い。たまにある仕事では、得意な人のサポートを受けるだけだ。しかし、今回は楽器を使うのがメインだから、ちゃんとできないといけない。フェイカーさんに聞くというのも、迷惑な話かもしれないから、仕事の前に少しは楽器に慣れておかなければ……。

以前仕事で一緒になったスターマインさんを、僕は訪ねることにした。こういうときに相談する相手は、同期を除けば、仕事で話した人になる。仕事で一緒になった他の人といえば、バッドボーイさんもいるのだが、彼はドラム専門だから他のことは知らないと言っていた。だから僕はスターマインさんに色々聞く流れになった。

部屋の前に立ち、ドアをそっとノックする。
「はーい」
すぐにドアが開いて、スターマインさんが顔を覗かせた。
「ん? イレイザーくん?」
「こんにちは」
「こんにちは。何かお久しぶりだね」
ドアの隙間を広げて、優しく笑う。あの仕事のときもこんな感じで、僕は本当に安心していた。
「あの、少し相談があって」
「?」
「今度、撮影の仕事に行くことになって、楽器を使うことになったのだが……」
「あー、前僕とイレイザーくんで楽器はやったよね、同じ感じ?」
「そうだとは思うのだが、前はスターマインさんに教わって動きを真似ただけだから、楽器が本当に使えるわけではなくて……改めて教わりたいんだ」
僕が言い終わると、スターマインさんは不安そうな顔をした。
「えっ……ぼ、僕もほんとにちゃんと弾ける訳じゃないよ……?」
「そ、そうだったのか?」
「うん……お仕事のって結構振りじゃない? だから僕もそこまでちゃんとは弾いてなかったんだけど……」
そうか、本当に弾けていなければいけないわけではないのか。しかし……。
「しかし、前はスターマインさんに教わっていたが、今回は教わる相手がいないんだ。だから、先に少し練習をしておきたくて」
「なるほどね……」
気持ちはわかったよ、とスターマインさんはうなずいた。
「練習室に撮影用の楽器の予備があったはずだよ。あれなら練習にいくらでも使っていいらしいし、そこで練習したらどうかな?」
「知らなかった……」
「よかったら、僕も練習に付き合うよ」
「本当か? ぜひ、お願いしたい」
本当に、優しい人だ。急に訪ねても、こんなに親身になってくれるなんて。
僕達はその練習室に向かった。

練習室への入り口が並ぶ廊下についた。
「いつもはそっちのダンス用の部屋をよく使うんだ」
端の練習室を指差してスターマインさんが言った。
「練習熱心なんだな」
「ダンスについてだけだよ。たしか楽器はこっちの部屋で」
その隣の部屋のドアを開ける。
「ちなみに、この隣も楽器があるけど、そっちは本当に楽器メインでやってる人達が使ってるから、僕達はこっちの方がいいかなって」
ドアを閉めると、すっと回りが静かになった気がした。防音仕様になっているのだろう。
「楽器メインっていうと……バッドボーイさんとか?」
「そうそう。万が一使おうとしてて鉢合わせちゃったら怖いでしょ」
「……あ、ああ」
怖いか? とは思ったが、確かに使おうとしているところを邪魔するのは気まずいと思うし、同意しておいた。
部屋の隅のギターを、スターマインさんが持ち上げた。
「とりあえず、やってみよっか」
スターマインさんからギターを受け取る。前の仕事の時ぶりだ。この重さに、すでに緊張する。
「持ち方は覚えてるよね」
「あ、ああ」
おそるおそる、肩からベルトをぶら下げる。ギターのネック側が大きく揺れて、僕は慌ててネックを掴んだ。
「な、何か緊張してる?」
スターマインさんが心配そうに見ている。
「している……」
おかしい、前にもちゃんと持っていたはずなのに。もうあの時の感覚を忘れてしまったらしい。
「大丈夫だよ。あとは右手でピックを持って、弦を弾いてみれば」
「あ、ああ……」
どの程度の力をかければよかっただろう。変な音を出してしまわないだろうか……嫌なぐらいに心配事が頭の中を埋め尽くす。
弦をしっかり見つめて、ピックを動かしたその瞬間だった。
弾こうとした弦が、無くなった。ピックは空気を切った。
「……!」
「えっ?」
スターマインさんは何が起きたかよくわからないようだったが、……やってしまった。
「弦を、消してしまった」
「……えっ?」
「集中しすぎたようだ……たまに、なるのだが」
「え、ちょっと待って、消したってその……え?」
かなり慌てているが、そうか、スターマインさんには言っていなかったか……。
「名前の通りなんだ、物に強く意識を向けるとそれを消してしまうことがあって……」
「そ、そうなの……?」
「僕も消したかった訳ではないんだ、しかし……」
しばらくスターマインさんは呆然としていた。普通、そうなるだろう。僕自身も、こうなることを自覚する前は意味がわからなかったし……。
「強く意識を、ってことは、それだけ気を張ってたってこと?」
「そういう、ことだな」
「……り、リラックスだよ! 練習しにきただけだし! ちょっと弾いてみるだけだから、ね!」
事情を理解してくれたスターマインさんは、にこにこっとして言ってくれた。深呼吸させてくれたけど、弦を消してしまったことにまだ動揺している自分がいる。
消えていない弦を弾いてみよう、僕は一呼吸置いて、もう一度右手を動かそうと……。
「!」
急に感覚が消えた。
「今度はギター!?」
僕の手からは、ギターが丸ごと消えてしまった。
しばらく、空になった手の中を、僕とスターマインさんは見て、黙っていた。
「これは、重症、かも」
「すまない……付き合わせておいて、こんなところを見せてしまって」
「大丈夫だよ。イレイザーくんが今度の仕事に真剣なことの証でしょ?」
「そう……なんだろうか。そう言ってもらえると、救われた気分になる」
「そうだよ! 今日はまだ緊張してるかもしれないけど、次は大丈夫になってると思うよ」
「……ああ、ありがとう」
結局練習はせず、僕達は練習室を出た。
「でも、ギター丸ごと消えちゃうなんて……今までも色々消えちゃったことってあるんだよね」
自室に向かいながら話す。
「ああ、ひっくり返そうとした目玉焼きとか、……あっ」
思い、出した。僕の消してしまった、ギターは今頃……。
「どうしたの?」
「ギター、取りに行かないと」
「え??」
「正確には、無くなった訳じゃないんだ。自分の前から消えるだけで」
今頃、オリジネイターさんのところにギターが落ちてしまっているかもしれない。
「オリジネイターさんのところに行ってくる、多分そっちにあるはずだから。今日は本当にありがとう」
「う、うん、いってらっしゃい」
お礼だけ何とか言って、僕は急いだ。