世界の修復者と私のボイストレーナー〈番外編〉 (2)ごむまり - 2/2

「リンちゃん! はじめましてにゃ!」
 ディスプレイに映し出された真ん丸なねこは、ぼよんぼよんと跳ねながらそう言った。
「はじめまして……ミク先輩の〈れな〉に映ってたねこ……ですよね」
 リンは、ディスプレイに向かって小さく頭を下げた。
「そうだにゃー! 一回見たことあったかにゃ?」
「はい、先輩に見せてもらったときに」
「リン、ごむまりには別に緊張しなくていいぞ」
 レンが、敬語なリンを不思議に思って、口を挟んだ。
「え、でも先輩の〈れな〉の……」
「リンちゃんはいい子だにゃー! それに比べてレンはひどいにゃ! ごむまりじゃないにゃ!」
 ミクに見せてもらったときは、ただ表示されていただけのキャラクターが、流暢に喋っている。びっくりするところではあるが、目の前のレンのことを考えると、これも普通か、と、リンは思った。
「はぁ? どう見てもごむまりだろ」
 レンも、普通に言い返している。……不思議がる暇もない。
「ミクちゃんにもらった素敵な名前があるのにゃ!」
 ねこは跳ねるのをやめて、強く言い返してくる。
「え、そうだったのか」
「よく聞くにゃ!」
 驚いたレンと、聞いていたリンは、静かにねこの言葉を待った。
「ネギ!」
「……」
 得意気な顔をするねこに、レンもリンも、白けた目をした。
「二人ともその顔はどういうことにゃ!」
「いや、ネギって」
「ミクちゃんの好物にゃ! 好きなものを名前にしてもらったのにゃ! 嬉しいにゃー!」
 リンとレンは、顔を見合わせた。
「……嬉しいならいいのかな」
「ごむまりがいいなら……」
「だから! レン、ごむまりじゃないにゃ!」
 怒って跳ねまくるねこの様子は、まさにゴムでできたボールそのものである。リンは、まだ「ごむまり」の方がしっくりきてしまっていた。
「リンちゃんはどっちで呼ぶのにゃ」
 リンは、ちょっと怒った顔で見つめてくるねこと、隣にいるレンを見比べた。
「……ごむまり」
「ひどいにゃー! リンちゃんまで!」
 レンは、ちょっと得意気な顔をして見せた。
「いいにゃ……ネギはミクちゃんだけに呼ばれる特別な名前なんだにゃ……」
 意気消沈したねこは、そう言いながらころころと転がっていく。ボールだ。
「ごむまり、戻れ。どこ行く気だ」
 小さくなっていくねこ……ごむまりの姿に、レンは言う。ごむまりは転がりながら戻ってきた。
「全く。レンは先輩に対する礼儀がなってないのにゃ」
「先輩は先輩だけど……はぁ」
 リンは、そんなごむまりとレンをぼんやりと見る。それに気がついたレンは、あっ、と声を上げた。
「リン、さっきはごめん。ごむまりから連絡が来たから、話をしてたんだ」
「そうだったんだ。……って、よく、話すの?」
「いや、たまにだ」
「後輩のレンには色々教えてるんだにゃー」
「……」
 偉そうなごむまりに、レンは冷たい視線を向ける。
「別に大したことは教わってない、いつも先輩の近況を一方的に話してくるだけだから」
「そんな言い方よくないにゃ! ミクちゃんの良さをおすそわけしてるのにゃ!」
「いつもかわいがられて嬉しいみたいな話ばっかだろ」
 レンとごむまりのやりとりに、リンは苦笑いする。とりあえず、ごむまりがミクのことが大好き、というのは、伝わってくる。きっと、「あそぶ」のモードでよく遊んでもらえているのだろう。
「ちゃんとミクちゃんの練習のことも共有してるのにゃ! レンは練習内容の参考にしてるはずなのに、そんな言い方していいのかにゃー?」
「ああはいはい、それは助かってます」
「あ、あの、ミク先輩の練習を見てる……んですか?」
 ずっとレンに冷たくあしらわれているごむまりに、リンは聞いてみた。
「敬語はやめてもいいぞ」
 横からレンがそっとささやく。
「レンが決めることじゃないにゃ! ……ま、敬語はいらないけどにゃ」
「そ、そう……」
 レンよりは先輩らしいし、先輩の〈れな〉だが、見た目にはただのマスコットキャラクターである。変な感じはするが、リンはとりあえず普通に喋ってみることにした。
「……で、先輩がタスクやってるとき、ごむまりは何してるの?」
「タスクのときはいつも見守ってるにゃ! 評価が高いときには褒めてるにゃ! ミクちゃんも嬉しそうにしてくれるのにゃ!」
「そうなんだ」
 リンは、ミクの練習を見たことはないが、きっと評価が表示されているときに、ごむまりも表示されているのだろう。おそらく、そこで跳ねている……というのが、なんとなく想像できた。
「……見てるだけって言うんだけどな」
 レンはぼそっと言った。
「レンはいちいちうるさいのにゃー! 自分の役割を全うしてるのにゃ!」
 ごむまりは怒って画面上で跳ね回っている。まあまあ、とリンは笑った。
「え、でも、レンは、ごむまりから先輩の練習内容聞いてるんだよね?」
「一応な。……前は、先輩の実力とか加味して欠黒象作ってたから」
「ああ……」
 そういう意味か、とリンは思った。前に、ミクも修復者だったのはごむまりが言ってきたからだ、という話もしていたし、リンが知らない間に、レンとごむまりは情報交換をしていたのだろう。
「レンは色々練習を考えるタイプ、自分は見守るタイプ、それでいいのにゃ!」
 やっと跳ね回るのをやめたごむまりは、画面の中央に戻ってきてそう言った。レンは、大きくため息をつきながらうなずいた。同じ〈れな〉の自動生成プログラムでも、色々ある、ということだ。
「まあ、練習内容考えるときに、ごむまりに付き合ってもらってるところはあるからな……」
「そーなのにゃ! 感謝するのにゃ! 」
「ごむまりはすぐそうやって調子乗る」
 レンとごむまりは、ちょっと喋っては小競り合いになる。リンはそっと会話に入り込んだ。
「……まあまあ。私の練習の内容も、ごむまりの協力があって……ってことだもんね? ありがとう」
「リンちゃん……! どういたしましてなのにゃ!」
 跳ねて嬉しがるごむまりを見て、レンはむすっとした顔をした。そんなレンを見たごむまりは、跳ねるのをやめて、少し落ち着いた雰囲気になった。
「……レンは本当に、真剣に練習内容を考えてるのにゃ。それは保証するにゃ」
「急になんだ」
 ごむまりの真剣な話ぶりに、レンは戸惑う。ごむまりはさらに続ける。
「本当のことにゃ。レン、リンちゃんがやる気になりそうな練習色々考えて、曲まで作って……」
「ご、ごむまり!」
 レンが大声で遮る。
「え? 曲?」
 リンはびっくりしてレンを見るが、レンは焦った顔でごむまりを見つめている。
「隠すことじゃないにゃー? 鍵盤丸見えなのにゃ」
 ごむまりは得意気な顔をして、ディスプレイの前にある鍵盤の方へ動いた。
「そのMIDIキーボード使って曲作ってるのにゃ! 歌詞も頑張って考えてたにゃー?」
「ごっ、ごむまりお前……!」
「リンちゃんと一緒に歌ったとき、リンちゃんが嬉しそうだったって言ってたのにゃ!」
 レンが慌てるのに構わず、ごむまりは言葉を続ける。リンはすぐに、レンから渡された楽譜のことを思い出した。
「ええ、あれ、あれだよね!? どこの楽譜って聞いても全然答えてくれなかったやつ!」
「……」
「検索しても全然見つからないんだもん! そ、そういうことだったの!?」
 リンに聞かれるレンは、首を振らずに、視線をずっとリンから反らしている。そういうことだった、ということだ。
「レン、すごい……!」
 秘密にしておこうと思っていたのに、あっさりとごむまりに打ち明けられてしまい、レンは身を縮めた。リンの表情が眩しくて、くすぐったい。
「……あれは、リンの弱いところを補うために作った曲だから。そんな大したものじゃない」
「クールな振りしてるけど、あのとき、リンちゃんと一緒に歌ったって嬉しそうに報告してくれたのにゃ。レンはリンと歌うのが大好きなのにゃー」
 にやにやする、というのがお似合いな表情をするごむまりに、ついに、レンは切れた。
「ああーっ、ごむまり! うるせえ! これ以上喋んな! 通話切るぞ! もう十分喋っただろ!」
「にゃ~!」
 レンが操作をすると、ごむまりの声は途中で切れ、ごむまりの映っていた画面も消えた。
「……ごむまり、普段喋れないからって、いらないことをぺらぺらと……」
 暗くなったディスプレイの前で、レンはため息をつきながら椅子に腰かけた。
「……いきなり通話切っちゃってよかったの?」
 終わりの挨拶もなかったまま通話が終わり、リンは呆然と立ち尽くした。
「いいんだよ。どうせ不定期にかけてくるんだから。あれは、ごむまりが喋れないストレスを発散してるだけなんだ」
「そうなの……?」
「どうせ、後で先輩にいっぱいかわいがってもらうんだろ。……なんかごめんな、挨拶だけだってつもりだったのに」
 レンは、リンの方へ目を向けた。ごむまりに対してはずっと冷たい態度だったのが、少し和らいでいる。
「いや、……それより、レン、曲作ってるなんてすごいよ」
 リンは、とにかく、練習の楽譜がレンの作った曲だったことに、一番驚いていた。
「俺は練習を考える機能がある、ってだけだとしたら、大したことないだろ?」
 レンは言う。リンは首を横に振った。確かに、ボイストレーニングプログラムとしてなら、そうかもしれないが……やっぱり、双子のもう片方だと思っていると、すごいとしか思えない。
「でも、一緒に歌って嬉しいって思っててくれたんだね」
「それは、……」
 照れた顔をするレンを、リンはじっと見つめる。
「レン、練習のときはそんなに笑わないのに……」
「……練習は厳しくやる。俺の目的は、リンの歌を上達させることなんだ」
 レンは、普段の練習のときのように、真面目な顔をして、リンを見つめ返した。
「それって照れ隠し?」
 リンが笑って言う。レンは、表情が緩みそうになるのを抑えながら、椅子の向きを変え、拳を机の上に押し当てた。
「ああもう、ごむまりの話は全部忘れろ。分かったな? それより用事はなんだ」
「えー、……」
 リンは、仕方なくシャーペンを返すことにした。