世界の修復者と私のボイストレーナー〈番外編〉 (3)改善アンケート - 2/5

 〈れな〉を連れて、リンは喫茶店へ向かった。
「あの、喫茶店で何か飲みたいものとか、ありますか?」
 道中で、リンは〈れな〉に聞く。姿は色が変わっただけのレンなので、二人で歩いていても、そこまで変な感じにはならない。
「レモンティーですかね、……あの自動生成プログラムも、飲んでいたでしょう」
「え、……ああ、そうですね」
 今から向かう喫茶店は、たまにレンと一緒に行くこともある喫茶店だ。最近行ったときにレンが飲んだのが、レモンティーだった。
「自動生成プログラムが言っていた通り、私がメインシステムなので、たまにですが、あの自動生成プログラムの体験が、情報として私に流れてくるのです。……だから、うらやましいと思って」
 〈れな〉はそう言いながら、照れたような顔をした。うらやましいとか、そんなことを思うんだなあ、などとリンは思いながら、喫茶店に行ったときのレンのことを思い出していた。
「レン、喫茶店では何を頼めばいいか分からないって言うんですよ。だから、喫茶店に行く度に、メニューの一番上から順に試していってるんです。だから、前はレモンティーだったんですよ」
「そういうことだったんですか」
「〈れな〉……さんは、レンが飲んでたから、っていうの抜きで、何か飲みたいものはないんですか?」
「そうですね……」
 〈れな〉は少し悩んで、うつむいた。
「私も特に分かりません……」
「……すいません……」
 頑張って答えてもらうようなことではなかったな、と、リンも一緒にうつむいた。
「ま、まあ、喫茶店ついてから、メニュー見て考えましょう! せっかくの機会なんですから!」
「ありがとうございます、リンさん」
 歌以外のことには詳しくないのは、レンでも〈れな〉でもきっと同じだろう。どうせなら〈れな〉にも楽しんでほしい、そうリンは思った。

 喫茶店に入ってから、二人はメニューを開いた。
「リンさんは、どれになさるのですか?」
「私はミルクティーにします」
 リンは言って、メニューを〈れな〉の方に向けて回した。
「もうお決まりなのですか」
「コーヒーとか飲めないので、選択肢がそんなになくて」
「なるほど」
「ゆっくり見てください」
 〈れな〉は、メニューのページをめくり、一通り読んだ。そして、最初のページを開き直して、少し困った顔をした。
「飲みたいもの、ありましたか?」
「……ごめんなさい……よく分かりませんでした……」
 リンは苦笑した。レンがメニューを見て困っていたのと、全く同じ顔をしている。そもそも、見た目は完全にレンなのだが。
「喫茶店と言ったのは私なのに……すみません」
「いやいや、最初にレモンティーって言ってましたもんね、わざわざ考えさせちゃったのは私です」
「リンさんはお優しいのですね。ありがとうございます」
 にっこりする〈れな〉の顔を見て、リンはうなずいた。……レンは、あまりこういう表情をしないから、変な感じはするけれど。
 結局、ミルクティーとレモンティーを頼む。それから〈れな〉は、まっすぐ座り直して、リンの方を見つめた。
「本題に入りますね。といっても、普段はあの自動生成プログラムによるボイストレーニングがほとんどでしょうけど……」
「はい、……」
「単刀直入に聞きますね。あの自動生成プログラムに、何か不満な点はございませんか?」
「不満……」
 アンケートとレンに言われたときに思った通りだが、聞かれても、よく分からない。リンは考え込んだ。
「例えば、練習の量とか、指導の仕方とか、そういう面ではいかがでしょう」
「えーと、……」
 本音を言えば、多いし、厳しい。しかし、レンがいなければ、リンはこんなに練習をしないのだ。それに、そもそも練習が面倒だと思っていたから、やる気にさせるためにレンが存在し始めたという経緯もある。
「遠慮しなくていいのですよ」
 〈れな〉が、悩むリンの表情を見て言う。
「……厳しいところはあります」
 リンは、控えめに答えた。
「あら。張り切りすぎていますか?」
「あ、で、でも。それがレンらしいっていうか……私は、レンはそういう性格だなって思ってます」
「嫌な性格だとか、思いませんか?」
「全然! レンは、厳しいけど、優しくて! 練習のときは、こうすればよくなるとか、そういうの説明するの、本当にうまくて。それに、レンは歌もうまくて。一緒に歌ってくれるし、そうだ、それに、私のために歌を歌う練習とかも考えてくれて!」
 とめどなく話すリンに、〈れな〉は呆然とした。
「……ありがとうございます、ちゃんと、お役に立てていますか」
「もちろんですよ! 私、レンが双子でいてくれるの、本当に嬉しいんです!」
 リンは明るい表情で答える。〈れな〉もつられて笑みをこぼす。
 頼んでいたミルクティーとレモンティーが届き、二人はカップに口をつけた。
「どうですか?」
 リンは聞く。
「……おいしい、ですね」
「よかった!」
 微笑む〈れな〉に、リンは安心した。
「……えっと。不満な点を聞くつもりでしたけど……ここまで、あの自動生成プログラムのことを嬉しそうに話してくださるとは思いませんでした。本当に、嬉しそうで」
 〈れな〉は小さく頭を下げた。リンは少し顔を赤くした。
「あの、あなたは〈れな〉のメインシステムなんですよね」
「え? ……そう思っていただいて、いいと思いますが」
「普段、〈れな〉を立ち上げたときに出てる文章とかも……あなたなんですか?」
「そうですね。文章を生成している機能としては、同じですし」
 リンは、端末の画面を思い出して、それから〈れな〉の顔を見た。確かに、〈れな〉の話し方は、普段表示される文章と同じ雰囲気がある。タスクをやったときの評価についてくる文章も、厳しいレンとは対照的に優しいことが多い。本当に、〈れな〉がそのまま端末の外に出てきた、という感じだ。
「あ、も、もしかして、私の方に何か不満な点がございますか!? すみません、私のことを棚に上げて話を進めてしまって……!」
 〈れな〉は、急にはっとした顔をすると、慌ててそう言い、顔を真っ赤にした。
「あ、ち、違います! そんなことないですよ!」
「本当ですか」
「いつも優しい感じだから、癒されてます! レンが厳しいときとか特に!」
 冗談っぽく言うリンに、〈れな〉は笑った。
「あ、それに」
 リンが付け加え、〈れな〉はリンの顔を見た。リンは少し真剣な表情をした。
「……あの、とき。取り消した更新の、片方だけ戻して、って言ったときに、聞いてくれたのも……あなたなんですよね」
「……ああ、あのとき、ですか。そうです」
 あのとき、質問が終わりそうになったのを呼び止めて、聞いてくれた〈れな〉と、こうして話をすることになるとは思わなかった。リンは、ミルクティーを飲んで、息をつきながら笑った。
「レンとまた一緒にいさせてくれて、ありがとうございます」
「……あのときは、リンさんが、必死だったので。私も最善を尽くしたつもりです。こちらこそ、あの自動生成プログラムのことを大事に思っていただいて、ありがとうございます」
 お互いにお礼を言い合って、微笑む。
「……ほんとの最初の最初に、私が全然練習のやる気がなかったのも……覚えてますか?」
 リンは、初めに好きな漫画の話を聞かれたときのことを思い出し、恥ずかしくなりながら聞いた。レンの言い方によれば、「練習がつまらないと言うから、〈れな〉が腹を立ててレンが生まれた」らしかったので、そうだとしたら、〈れな〉はあのとき怒っていたことになる。
「覚えてはいますけど、もう今のリンさんはそんなことないでしょう?」
 リンの心配をよそに、〈れな〉は首を傾げる。怒る、という言葉とは無縁そうな表情だ。
「それは、今はレンがいるからで、レンは〈れな〉がなかったらいなくて、……」
「本当にやる気のない方は、双子の相手がすごいからって、頑張ろうなんて思いませんよ」
「それは、レンがそう思い込ませたからかもしれないし」
「いえ、リンさんが、心の奥ではちゃんと思っていたんですよ。自動生成プログラムは、記憶や印象を変えたと思いますが、さすがに人の性格まで変えることはできません」
「え、でもやっぱり、レンが……」
 すべてはレンがいるからだ、とリンは、思う。そんなリンの言葉を遮るように、〈れな〉はレモンティーの入った器を置いた。わざと、少し大きな音をさせる。
「リンさん、歌はお好きですよね?」
「え?」
 もちろん、だけれど、いざ聞かれると「はい」とすぐには答えられない。
「私……〈れな〉は、歌がお好きな方のお手伝いをさせてほしいと思っています。あの自動生成プログラムも同じです」
 リンをまっすぐ見つめて、〈れな〉は言う。
「つまり、リンさんのお手伝いをしているに過ぎません。だから、リンさんには、元から秘めたやる気があったということだと、私は思っていますよ。やる気があるのは、歌かお好きだからでしょう」
「……」
 リンは、言葉は出てこなかったが、そっとうなずいた。
「だから、リンさんはあまり謙遜なさる必要がないと思いますが、……ひょっとして、あの自動生成プログラム、あまりリンさんのことを褒めないのですか?」
「え!?」
 〈れな〉が、リンに顔を寄せてくる。
「そうなんですよね。リンさんは歌のお仕事もされているのですし、もっと自信を持っていていいはずなのですよ。さっきだって、あの自動生成プログラムが厳しいとおっしゃっていましたし……」
「あの! そ、そこまで褒めてくれないとかではなくて! ちゃんと、うまく歌えたら笑ってくれるし!」
 リンはそう答えつつ、それより、やたらじっと見つめてくる〈れな〉に慌て、体を後ろに引く。
「……」
 疑い深い表情の〈れな〉は、しばらくそのままリンを見つめたが、少しリンが迷惑そうなのを察して、顔を寄せるのをやめた。
「それなら、いいです」
 〈れな〉はそう言って、残っているレモンティーを飲み始めた。リンも、なかなか飲み進められていなかったミルクティーを飲む。
 終始、〈れな〉の視線はリンに向けられる。リンは、視線が合わないように、できるだけ違う所へ目をやりつつ、ミルクティーを飲み切った。
「あ、あの」
 自分の分を飲み切ってからも、まだじっと見つめてくる〈れな〉に、リンは言う。
「緊張していらっしゃいます?」
 〈れな〉は、そのままの様子で聞いてくる。
「それは、そんなにじっと見てくるからですよ」
 リンが言うと、ようやく〈れな〉は目線を外した。そして、何かを考え、また視線を戻した。
「あの自動生成プログラムがじっと見てきても、緊張しますか?」
「え? ……しますよ」
 リンは答える。同じ顔をしているし、想像するのは簡単だ。同じようにレンが見つめてきたら、どうしたんだろう、と思うに違いない。
「……あの自動生成プログラムのことは、双子だと……」
「え?」
 小さな声で言いかけた〈れな〉に、リンは聞き返す。だが、それには答えず、〈れな〉は一旦うつむき、それから顔を上げてにっこりとした。
「いや……なんでもありません! 今日は、本当にありがとうございました!」
「え、あ、ありがとうございました!」
 あまりにも眩しい笑顔に、リンもつられて笑ってしまう。
「今回お聞きしたことは、改善に活かしますので。今後ともどうかごひいきに!」
「は、はい、こちらこそ!」
 アンケートはこれで終わり、ということで、リンと〈れな〉は、事務所のレッスン室へ戻ることにした。